おいしくて、おもしろい。島の「人」を、伝えたい。

淡路島は昔から「御食国(みけつくに)」といわれるほど、食がゆたかな島。山の幸、海の幸、どれをとっても思わず笑顔がこぼれるおいしさです。さて今回取材したのは、食材や料理を通じて淡路島を伝えるカフェ「farm studio table」の企画・運営を担う藤田祥子さん。2021年春、シマトワークスが新しくオープンするワーケーション拠点「WARKATION HUB」内にあり、オープンに向けて着々と準備を進めています。さて、どんな場所になるの?そこからどんな楽しみが生まれていくの?そもそも藤田さんって、どんな人?「farm studio table」の紹介にくわえ、藤田さんのこれまでと、これからについて語ってもらいました。

(聞き手:西道 紗恵)

「farm studio table」 藤田祥子

兵庫県三木市出身、洲本市在住。大学院を卒業後、プログラマーとしてシステム開発をしたり、ファッションや雑貨の通販会社にて販売企画・商品企画を行ったりと、多彩な経験を積む。淡路島に移住したのは2014年3月。2016年より、廃校跡地ノマド村にて、週末のカフェ運営を担当しながら、コピーライターとして活動をスタート。現在は「カフェノマド」を卒業し、「farm studio table」の企画や準備に取り組んでいる。

味わう、育む、気づく。
食を通して暮らしを見つめる、島のカフェ&ラボ。

— 藤田さんは、移住してから5年ものあいだ切り盛りされていた「カフェノマド」を卒業し、「farm studio table」を立ち上げられるそうですね。それって、どんな場所なんですか?

2021年の春、洲本市内に「WARKATION HUB」というワーケーション拠点がオープンするんですが、その施設内にあるキッチンスペースです。見た目は、カフェみたいな感じ。島育ちの食材を使ったメニューをお楽しみいただいたり、島外から訪れた方たちに食を通して淡路島の魅力を知ってもらったり、自分の暮らしを見つめなおしてもらったり。淡路島の食から広がる、ゆたかで楽しいひとときをつくれたらと考えています。

「WARKATION HUB」のパース。「farm studio table」のほか、ワーケーションで訪れた方々が利用できるサテライトオフィスやコワーキングスペース、宿泊スペースも。

— 藤田さんは、そこでどんなことをされるんですか?

「farm studio table」の企画・運営を担当します。とはいえ、オープンはまだ先なので、どんな人を巻き込もうか、どんなイベントを開こうか、イメージをふくらませているところです。たとえば、「食のラボ」。みんなで島の食材を収穫するところからスタートして、季節の料理をつくったり、味わったりと、主体的に楽しめるレッスンを開きたいなと思っています。わたしがキッチンに立つだけでなく、島内の料理人さんたちも一緒に盛り上げてもらえるような場にしていきたいですね。

— 「カフェ」と聞くと、一般的には料理やドリンクが提供されて、それを味わうというイメージがありますが、従来のカフェとはまた異なる場所になりそうですね。

そうですね。「farm studio table」という名前の由来にもつながってくるんですが、ただ味わうだけではなくて、みんなでテーブルを囲み、島食材を使ってなにができるか、どんな楽しいことができるか。工房のように、新しいなにかが生まれる場所にできたらという想いから、「studio」ということばを入れました。そもそも「farm studio table」は、わたしが考えた名前ではなくて。淡路島の北部にある観光農園「farm studio」から名前をとっているんですよ。

「farm studio」って?

淡路島の北部にある、海の見える観光農園。シマトワークスをはじめ、いちご農家さんや養蜂家さん、コーヒー屋さんなど多様なメンバーが集い、2015年から少しずつプロジェクトを動かしている。藤田さんも、プロジェクトメンバーのひとり。島外から訪れた人に、畑仕事を体験してもらったり、野菜を収穫してもらったりと、体験農園として運営中。またワーケーションの拠点として、法人向けのコンテンツを実施予定。

「farm studio」についてはこちらから
farm studio – ファームスタジオ

畑からは、おだやかな瀬戸内海が見渡せる。
自分たちで畑を耕して、野菜を育てたり、体験農園を開いたり。
DIYで建てた小屋。「farm studio」で採れた野菜や島食材を使って料理をつくり、イベントでふるまうことも。

— 「farm studio」と「farm studio table」ってどんなつながりがあるんですか?

もともと「farm studio table」は、まちなかにも「farm studio」をつくろうというねらいから、オープンすることになったんです。飲食店や温泉旅館がたくさん立ち並ぶ洲本の中心街に拠点を置くことで、「farm studio」に興味を持ってくれる人や、足を運んでくれる人が増えたらいいなって。

— 「farm studio」に関わるきっかけや入り口を増やすということですか?

そうですね。その入り口のひとつに、「farm studio table」がなれたらうれしいなと思います。お客さんのなかには、ただ食事を楽しみたい人や、食材を収穫するところからやってみたい人、料理に興味がある人など、いろんな人がいると思うんです。たとえば、食事を楽しみたい人には「farm studio table」で料理を味わっていただき、食材を収穫するところからやってみたい人がいれば、「farm studio」に案内して一緒に畑仕事をする。そんなふうに、関わりしろを増やせたらと考えています。

— 食がゆたかな淡路島だからこそ、いろんな楽しみ方や関わり方ができますよね。

「farm studio」に結びつけるだけでなく、島の生産者さんや料理人さんと、お客さんをつなぎたいとも考えています。わたしが移住してからうれしいことに、たくさんのつくり手さんたちと出会うことができて、プロジェクトの仲間であり友人であり、すてきな関係性が育まれています。わたしが大好きな淡路島の仲間たちを、みなさんに知ってもらいたいですね。

「farm studio」で、ランチをふるまう藤田さん。

荒れ地を耕して、新しいなにかが次々と生まれる“スタジオ”に。

— 藤田さんが「farm studio」に関わったきっかけは何でしょうか?

わたし自身、この場所がとても好きなんです。それに、ここに集まる人も好き。「farm studio」メンバーの、いちご農家でありジャム屋さんでもある山田さんとか。

— わたしも、プライベートで山田さんのいちご農園へ遊びに行ったり、ジャムを食べたこともあるんですが、しあわせな気分に包まれますよね。笑顔が絶えない山田さんご夫婦のお人柄もすてきですし、ジャムは家族にも大人気でリピート買いしちゃいました。

わたしが「farm studio」にジョインしてから生まれた商品もいろいろあるんですよ。山田さんが手がけた果物ピールのはちみつ漬けや、養蜂家さんによる日本蜜蜂のはちみつ。わたしはカヌレをつくりました。

— 「farm studio」を開いたのは2015年とのことですが、プロジェクトがスタートした経緯ってご存知ですか?

「farm」とあるように、何十年か前はもともと畑でした。もとの景色に戻したいという地元の方の声をきっかけに、耕作放棄地に牛を放って、荒れ地の草を食べてもらって。少しずつ土地を開拓していきました。

山田さんのいちご農園があるのも、この場所。もともと荒れ放題で、人の行き来も少なかったこの土地に「ほんまに人来るんか?」って疑う人もいたけれど、観光農園として人が集まるようになってきたんです。

— 海が見渡せる高台の畑というだけでも、景色がよくて気持ちいいですよね。それに、耕作放棄地をイチから開墾した観光農園というストーリーもおもしろい。

もともと畑だったこの場所に、どんな可能性が眠っているのか。「ここでなにかしたい!」という気持ちがすごくありました。ワーケーションで淡路島を訪れる方々が、「farm studio」で一緒に創作活動をしたり、実験したりする仲間になってもらえたらうれしく思います。

手前:株式会社日建ハウジングシステムの前田さん。数年前より実験的に淡路島でワーケーションを実施。今年より社内制度としてワーケーションプログラムを導入。

— 仲間って、いいですね。仕事も遊びもごちゃまぜになって、一緒に楽しむパートナーという感じですよね。

「farm studio」に関連するプロジェクトのほかに、今は特に生産者さんや料理人さんと一緒に、なにかをやってみることが多いです。たとえば、そのひとつが「淡路島に行った気分になれるセット」。

「淡路島に行った気分になれるセット」についてはこちら
「淡路島に行った気分になれるセットNo.24

No.02“明日が待ち遠しくなる朝ごはん”
No.4 “夏をお迎えしよう”
No.12 “おわり、でもはじまり。”

ふだんは4月から11月の週末だけ、「カフェノマド」を開いていたんですが、2020年は新型コロナウイルスの影響でお店をなかなか開けることができなくて。「みんなが淡路島に来られないなら、わたしからみんなに淡路島を届けよう!」と、この活動を始めました。島で育った季節の食材や、わたしが大好きなつくり手さんの焼き菓子など、淡路島をぎゅっとひと箱に詰め込んで。おうち時間がもっと楽しくなるように、家族で淡路島に行った気分を味わえるようにと想いを込めて、No.1からNo.12まで、合計12セットをお届けしました。

— 藤田さんが築いてこられた人とのつながりがあってこそ、実現できた活動だと思います。それも、12回分…!

淡路島を訪れるたび、島の人たちの暮らしやはたらきぶりに、ときめいたり驚いたりしていたんですよね。つぎは、島の人との出会いを届けられたら、わたしが感じたようなワクワク気分を、いろんな人に味わってもらえるじゃないかなって。そんな想いから、つくり手さんたちの活動を伝えるお手伝いができたらいいなと思いました。わたしも、お菓子や料理をつくるのは好きだけど、どちらかというと、誰かがつくったものを「おいしいよ!」「楽しいよ!」「すごいよ!」って、言いたくて(笑)。島のすてきなつくり手さんたちと出会うなかで、自分が「つくる」ことよりも、「伝えたい」気持ちがむくむくとふくらんでいきました。それをかたちにしたのが、「淡路島に行った気分になれるセット」でもあります。

お菓子屋さんになりたいわけでも、パン屋さんになりたいわけでもない。

— 料理をつくることではなく、伝えることが目的ということですか?

極論、わたしが料理をしなくてもいいし、お菓子もつくらなくていいと思っています。わたしはお菓子屋さんになりたいわけでも、パン屋さんになりたいわけでもないので。料理やお菓子をお客さんに食べてもらって、楽しい気分になれたり、生産者さんに出会いたくなったりしたらいいなって。

— 料理やお菓子を通して、生産者さんを知ってもらいたいということですね。

そうですね。おいしく食べてもらいたい気持ちもあるけれど、わたしが一番伝えたいのは、人のおもしろさ。

藤田さんが「カフェノマド」で提供していたランチメニュー。素材はすべて淡路島産。中原水産のしらすに、島のブランド米である鮎原のお米、ちょうけいじ農園さんのレモングラスティー。

— 人のおもしろさって、どんなことですか?

たとえば、最近会いに行った農家さん。野菜の育て方に気を配るだけでなく、売り方までこだわっていらっしゃるんです。野菜の品種や特徴をラベルに書いて貼ってあるんですが、ラベルのデザインもすてきで。その方と農業や野菜の話題になると、話が止まらないんです。ことばや表情一つひとつから、楽しんでやっているのが伝わってくる。想いは熱いけど、圧がない。そんな方です。ほかにも、知り合いの酪農家さんは牛のかわいさをひたすら語ってくるし、山田さんはいちごが好きなのが伝わってくる。「おもしろそうで思わずなにか一緒にしたくなる」みたいな「楽しさ」があるかどうかを、わたしは大切にしているかもしれません。

いちご農家でジャム屋さんの、山田さん。

移住のきっかけは、淡路島のおもしろい人。

— 藤田さんのお話を伺っていると、淡路島の人が好きなんだなというのが伝わってきます。

わたしが淡路島に移住した理由のひとつが、「人」なんです。島で出会う人たちは主体的で、前向きで、楽しげ。そして悲観的ではないし、真面目すぎない。それがめっちゃいいなって。自分もこんなふうになりたいと思いました。

— 移住されたのはいつですか?

2014年の3月です。その頃はまだ会社員だったので、淡路島から神戸まで通勤していました。

— どんなお仕事をされていたんですか?

ファッションや雑貨を扱う通販会社にて、販売企画や商品企画を担当していました。その前は、岡山県にある会社でプログラマーをしていました。今はフリーランスとして活動していますが、それまではずっと会社勤めだったんです。どの仕事もやりがいを感じていたけれど、会社員という「はたらき方」が、自分には合わないかもしれないと思い始めて。会社に所属していると、転勤や異動がありますよね。せっかく手塩にかけて育てたブランドを、途中で手放す場面もあります。それが、ちょっとさみしくて。できれば、自分のペースでじっくりと、目の前にある仕事と向き合いたい。そんなふうに感じていたときに、淡路島の人たちに出会って、心が高鳴りましたね。

「farm studio」でランチをつくる藤田さん。

出会う人がみんな、楽しそうだったんです。養鶏場を営む北坂さん、いちご農家の山田さん、なるとオレンジ農家さん、ちりめん屋さんなどなど。こんな楽しそうに仕事をしている人は、あまり見たことがありませんでした。仕事は苦労がともなう意識があったんですけど、そのイメージが覆されました。

— できれば働きたくないという人、多いと思います。

働いているけど、どこか楽しげな印象でしたね。淡路島ではプライベートも仕事も、いい意味で垣根なく、人と人との関係性もフラット。どれだけ著名な人でも、淡路島では対等な立場で話せたり仕事できたりする雰囲気があって、それがとても心地よかったんです。わたしもその輪に入りたい、仲間になりたいと思いました。

— 藤田さんが会社員を辞められたのはいつですか?

2016年の7月です。淡路島に移住してからも2年半ほど、神戸まで通勤していたことになりますね。そしてわたしが会社を辞めるタイミングあたりで、廃校跡地のノマド村でカフェの運営者を探していると耳にしたんです。淡路島でなにをするか、特に決めてなかったので「わたし、やろっか?」と手をあげました。

ノマド村のカフェスタッフの皆さん。

自分が感じたわくわくを、ひと品にぎゅっとつめこんで。

— それまで、カフェの運営経験はあったんですか?

スターバックスコーヒーでアルバイトをしていたくらいですね。あとは小学生の頃からお菓子をつくるのが好きだったくらい。特に飲食事業や、料理の勉強をちゃんとしたことはありません。

— 料理について専門的に学んでこられていないのに、移住していきなりカフェ運営って、勇気がいりませんでしたか?

うーん。それよりも、わたしにとって淡路島で初めて、主体的になにかをやるチャンスだと思いました。それまではイベントの参加者だったり、遊びで島の人たちと関わることが多かったんです。だから、自分もなにかやってみたいという気持ちがあって。それに、「カフェノマド」にどんな人が集まってくるのか、ここからどんなおもしろいことが生まれるのか、それが楽しみでしたね。

— 藤田さんのお菓子や料理をいただいたことがありますが、おいしいだけではなく、味わいながら心がワクワクしたのをよく覚えています。食からも、藤田さんのワクワクが伝わってくるようでした。

料理やお菓子は、「自分が楽しい!」と感じるものをかき集めて、「どうしたらみんなが楽しめるかな?」とイメージをふくらませながらつくっています。自分が食べてみて、「わ〜!」っと感動したものは一度つくってみますし、アレンジをくわえてメニューに取り入れることもあります。

眺めているだけでも楽しい、食彩ゆたかなお料理。

— カフェ運営だけでなく、書く仕事もされていますね。

「カフェノマド」は4月から11月までの週末のみだったので、ほかに自分にできることはないかと思い、コピーライターとしての活動を始めました。書くことを通して、島のおもしろい人たちを伝えたり、つくり手さんたちの活動を後押ししたいと思ったんです。とはいえ、わたしはプロのコピーライターとして仕事をした経験がなく、勉強するところからスタート。知り合いのコピーライターさんにお願いして、1年間修行させていただきました。

人生を思いっきり楽しむ仲間を増やしていきたい。

— 会社員というはたらき方を辞めて、フリーランスとして食やことばに関わるお仕事をされている今、「はたらく」に対する捉え方に変化はありましたか?

自分の名前で仕事をするということは、ぜんぶ自分の責任であり、ぜんぶ自分の楽しみ。言われてやるとか、やらされてるという感覚はまったくなく、どんな仕事も自分ごととして楽しんでいます。そうしたはたらき方のほうが、気持ちもこもるし、本物だなと思うんです。

— この春から、またひとつ新しいチャレンジに踏み出す藤田さんが、伝えていきたいことは何でしょうか?

みんな仲間になろうよ、こっち側においでよって言いたいですね(笑)。お客さんとして関わってもらえるのもうれしいけれど、企画や運営に踏み込んでくれる仲間。人生をかけて楽しむ仲間を増やしていきたいです。メンバーが増えれば増えるほどきっと楽しいし、日常がもっとゆたかになっていくと思うから。気づいたら「カフェスタッフになってました!」みたいなことが生まれるとハッピーですよね。淡路島は神戸や大阪からもアクセスがいいので、移住しなくても、場所が離れていても、関わり方はいろいろあると思うし、わたしたちも関わりしろを増やしていく予定です。淡路島にいる時間や人とのふれあいのなかで、「楽しい!」と思える瞬間をたくさんつくっていきたいし、その価値を伝えていきたいです。

島の料理人と楽しむ、おいしいひととき。

淡路島を語るうえで欠かせない、「食」。島のゆたかな環境で育った海の幸、山の幸は、訪れた人の心もおなかも、心地よく満たします。シマトワークスが提供するワーケーションプログラムにおいても、力を入れているのが「食」。お越しいただいた皆さんにとって、淡路島で過ごすひとときがよりおいしい時間になるように、島の料理人さんが腕によりをかけた料理とともに、皆さんを出迎えます。今回は、ワーケーションプログラムを一緒に盛り上げてくれる、ふたりの料理人をご紹介します。

(聞き手:西道 紗恵)

食のわ 神瀬聖

淡路島・南あわじ市出身。高校卒業後、大学進学のために大阪へ。就職活動で数社から内定があったにも関わらずすべて辞退し、就職浪人になる。その後はバーやラジオ局など、アルバイト生活を送る。料理の道へ進んだのは、淡路島へ帰ってきてからのこと。ビストロで働き始めたのをきっかけに、食や農業に興味を持つ。2013年に「食のわ」をオープン。現在は自身で野菜を育てながら、カレー、おばんざい料理をはじめ、ケータリングも手がけている。

空想燕 岡田舞

淡路島・洲本市出身。淡路島を出てみたいという想いから、神戸にあるアパレル会社で働き始める。退職後、淡路島へUターン。本格的に料理を始めたのは、カフェに勤めだしてから。キッチンスタッフとして料理を手がけるようになり、マーケットへの出店など個人的な依頼が入るように。2020年に「空想燕」として独立。シマトワークスが運営する「WARKATION HUB」内にある「farm studio table」でも活動予定。

二度と、淡路島に戻るつもりはなかった。

— お二人とも、淡路島のご出身なんですよね。一度島を離れて、Uターンで戻って来られたと伺っていますが、島を離れた理由って何でしょうか?

神瀬さん:僕は、大学進学のため。当時、淡路島には大学がなかったので、大阪にある大学へ行きました。その時は、「もう二度と戻ってくるか!」って思ってましたよ(笑)。

岡田さん:わたしは淡路島を出てみたいという想いがあって。神戸で暮らしながら、アパレル会社で働き始めました。

— 島を離れてからどんなことをされていたのか、もう少し聞かせてもらえますか?

神瀬さん:商学部で勉強していて、就職活動では数社から内定をもらっていたんです。スーパーマーケットに、ショーウィンドウのデザインをする会社、ファッション雑誌の出版社、アパレル。でも、「どれもなんか違うなあ」と思って、全部断っちゃいましたね。それからは、大学のゼミの教授の補助をしたり、バーやラジオ局で働いたり、バイト生活を送ってました。

岡田さん:わたしは神戸での暮らしを満喫していましたね。アパレル会社で勤務しながら、友だちとシェアハウスを始めたりして。淡路島に帰ろうなんて、少しも思っていませんでした。

まさかの、淡路島へUターン。

— 神瀬さんも岡田さんも、楽しい日々を過ごされていたのが伝わってきます。その後、お二人とも淡路島に戻って来られていますが、そのきっかけは何ですか?

神瀬さん:ちょっと、大きな声で言えることじゃないんですけど。当時、物欲がものすごくて。稼いだお金を全部、服と音楽と本につぎ込んでいたから栄養失調になってもて。帰るつもりはまったくなかったんですけど、強制送還って感じですね。それが2005年…僕が25歳くらいの時ですかね。

岡田さん:わたしも帰ろうとは思ってなかったんですけど、シェアハウスをしていた友人が、会社を辞めて家業を継ぐことになって。ちょうどわたしも同じタイミングで退職したので、この先どうしようかなあって思っていたんですよね。親に相談したら、「あんたも戻ってきなさい」って。1年くらい働いて貯金して、すぐ神戸に戻るつもりだったんですけど、ちょうどその頃に東日本大震災が起きて、淡路島へ移住する人が増えたんです。その方たちが、個性ゆたかというか、おもしろい人が多くて。「淡路島もおもしろいやん」と思って、そのまま留まることにしました。

— 想定外のUターンだったんですね。まだお二人から「料理」とか「食」に関するお話が出てきていないのですが、この時はまだご自身が料理人になるとは考えていらっしゃらなかったんでしょうか。

神瀬さん/岡田さん:なかったですね。

岡田さん:淡路島に帰ってきてから、レストランで働き始めたんですけど、そこではホールスタッフをしていました。ちょこちょこキッチンで料理を教わったりしてたけど、本格的にはやってなかったですね。

神瀬さん:僕はまず工場で働いて、次に飲食店。洲本にあるお店で働いてたけど、新店舗の立ち上げで神戸へ転勤になって。また2年くらいして淡路島に戻ってきて。せっかく島を出たし、もうちょっと外にいようと思って働いてた店を辞めて、大阪にある飲食店に転職しました。

食や農業への興味から、すこしずつ、料理人の道へ。

— そのあたりから、少しずつ料理人の道を歩み始めることになったのでしょうか?

岡田さん:そうですね、その後カフェに転職した頃から、少しずつ自分で料理をすることが増えましたね。

神瀬さん:僕は大阪の店で働いてる時に、生産者さんのところへ見学に行く機会があったんです。それが結構おもしろくて。農家さんから種をもらったりして、ちょっと自分でもやってみようかなあって。でも大阪市内に住んでたから畑できるところもないし、夜中に公園へ行って種まいたりしてたんですよ。

— え!?(笑)。

神瀬さん:店でいろんな食材を扱ってたけど、「季節ないなあ」って思ってた。「本来は旬じゃないはずやのに、注文したらいつでも野菜が届くって、どういうことなんやろう」って、ちょっとずつ興味がわいてきて、自分でもやってみたいなあって。

— それで、野菜は育ったんですか?

神瀬さん:芽は出たんですよ。でも公園の土はかたいし、人に踏まれたりで、育ちはしませんでしたね。でも結構、芽は出たんですよね。それで「僕、農業できるわ!」と思って、淡路島に帰った。それで辞めた前の店に戻って働き始めたけど、規模が小さいとはいえ農業との両立が難しくて、「もう自分でやるしかないわ」と思って。それで2013年に「食のわ」をオープンしました。

— 神瀬さんは農業と料理人としてのバランスをとろうと、独立されたんですね。岡田さんも独立されていますが、それまでの経緯を聞かせてもらえますか?

岡田さん:働いていたカフェが「ヒラマツグミ」というお店でして。元々は洲本のまちなかで「233cafe」という名前でやっていたんですが、山のほうへ移転して、「ヒラマツグミ」になったんです。わたしは「233cafe」の時からお世話になっていまして。特に「ヒラマツグミ」としてスタートしてからは、カフェの責任者を任せていただけることになりました。といっても、カフェスタッフはわたし一人なんですけどね。

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ヒラマツグミ

— お一人で!?すごい。でもそれまでに、本格的にお料理を勉強されたり、カフェ運営をされた経験ってないのでは…?

岡田さん:そうですね。料理人としての歴は「233cafe」からなので、今で6年目。料理教室に通って勉強したり、神瀬さんから教えていただいたりしたこともありますが、ほとんど独学です。「空想燕」を立ち上げたのは、2020年。だから、つい最近なんです。「ヒラマツグミ」で働いていた頃から、友人から「お菓子をつくってほしい」とか、「イベントに出店してほしい」という個人的な依頼が入るようになり、自分でブランドを立ち上げてやってみようかなと思いました。

食べてくれる人への想いを、ひと皿に込めて。

— 神瀬さんは「食のわ」、岡田さんは「空想燕」。ブランドに込めた想いを教えていただけますか?

神瀬さん:店で使う食材をつくってくれる人も、来てくれる人も、関わってくれる人も。みんなが食を通してわっかになって、循環したらいいなっていう意味を込めています。

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食のわ

岡田さん:空を想うって書いて「空想」。「空を想う」って、すごいきれいばことばやなあと思っていて。わたしのなかでは、「空を想う」って、「人を想うこと」につながっている気がしているんですね。「ヒラマツグミ」で働いている時からそうだったんですけど、いつもお客さんのことを想像しながらお料理をつくっているんです。特に「ヒラマツグミ」は完全予約制で、わざわざ予約をして、山のほうまで来てくれる。いくつものハードルを超えて、どんな方が来てくださるんだろうと想像して、お料理に想いを込める。常連さんだと、「あの人はこれが好きだったな」と思いながらつくったり。

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空想燕(@ku_soutsubame) • Instagram

岡田さんが手がけたお菓子。シンプルながらも、記憶にのこる力強さがある。

岡田さん:それと燕は、しあわせを運んでくれる鳥。昔からずっと燕が好きでして、ブランドにも「燕」という文字を入れたいなと思いました。わたしがつくったものを食べていただいて、その人がちょっとでもしあわせな気持ちになってくれたらうれしいし、それを自分が想うことで、わたしのしあわせにもつながっていく。そんな意味を込めています。あと今は店舗を持っていないので、「空想でいいんちゃう?」みたいな(笑)。

神瀬さん:僕もちょっと、似てるところがあるかも。僕は同級生がやってるゲストハウスの隣に店舗を持ってるんですけど、いつもお客さんの顔を見ながら料理をつくっています。同じ料理でも、お客さんの表情を見て絶妙に変えるしね。例えば、「ちょっと疲れてそうやな」と思ったら塩を少し加えてから出したり。

— 神瀬さんも、岡田さんも、2020年にシマトワークスが開催したワーケーションプログラムのモニターツアーでお料理を提供されていますよね。

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神瀬さん:僕はケータリングをさせてもらいました。前々からお店で料理を出す以外に、ケータリングをやっていまして。シマトワークスの富田さんからは、このモニターツアー以外でもいろいろとオーダーをもらっています。

岡田さん:わたしはお弁当をお出ししました。実は、「空想燕」としてお弁当を手がけて間もない頃のご依頼だったんです。10人ちょっとのお弁当をご用意したんですが、緊張していたのをよく覚えています。富田さんから「岡田さんもぜひ、参加者の皆さんと一緒に食べましょう」とお声がけいただいて、ご一緒させていただきました。自分がつくったお弁当を食べながらお客さんとお話するって、新鮮な気持ちでしたね。

— お二人が料理を手がけるときに、心がけていらっしゃることは何でしょうか?

神瀬さん:せっかく淡路島に来てくれたんだから、「淡路島を堪能していってよ!」っていう気持ちを込めてつくっています。だから、使う食材はほとんど島のものやし、生産者のことを伝えたいなと思ってます。それと、自分の畑で育てた食材を使うこともあるかな。料理そのものは、うーん。レシピを見てつくっても、絶対レシピ通りにしたくないと思ってるから、何かしらのアレンジをしちゃうんですよね。最近はランチでカレーをやってるんですけど、途中までカレーじゃないものをつくってるし。最終的にカレーに仕上げてるだけで。

岡田さん:わたしも食材は、ほとんど島のものですね。お野菜が中心のお料理なので、ほとんどのものが淡路島でそろうのがありがたいです。それくらい、食がゆたかな場所。お料理で心がけているのは、見た目も味も、バランスでしょうか。季節を感じてもらえるように、食材や彩りを考えています。味付けは素材そのものの味が引き立つように、シンプルに仕立てています。

ワーケーションでどんな人が淡路島へ来てくれるのか。
会ってお話するのが楽しみ。

— 神瀬さんと岡田さんは、シマトワークスが提供していくワーケーションプログラムのサポートメンバーとして、お料理を提供されると伺っています。これからやってみたいこと、楽しみにされていることは何ですか?

神瀬さん:僕は引き続き、ケータリングでお手伝いさせてもらうことが多いかと思うんですが、どんな人たちにお会いできるか楽しみです。料理や表現の幅を広げて、富田さんたちと一緒に楽しんでいきたいです。

岡田さん:わたしは洲本に新しくオープンする「WARKATION HAB」内の「farm studio table」で、主にお菓子を手がけていきたいと考えています。「farm studio table」の企画・運営を担う藤田さんから「一緒になにかやろう!」とお声がけいただいて、ご一緒させていただくことになりました。藤田さんは何年も前からプライベートでも仲良くしてもらっていて、悩みごとがあったりしたら、いつも相談しています(笑)。いつも後押ししてくれて、ほんとうに頼もしいんです。だから藤田さんと一緒になにかできることを、とてもうれしく思っていて。どんなことができるのか、これから相談しながら練っていきたいと思います。ワーケーションではいろんなお仕事をされている方がいらっしゃると思うので、ぜひお話を聞いてみたいですね。

食も、環境も、人も。淡路島はぜんぶいい。

— 淡路島ご出身のお二人にとって、この島の魅力とは何でしょうか?

神瀬さん:ええとこって言われたら…分からへんなあ(笑)。「食」という視点で見ると、めちゃめちゃゆたかだと思いますよ。海も山も、食べられる野草もめっちゃあるし。いい意味でミニマムというか。だいたい食材は淡路島でそろうから、できるだけ島のものを使いたいですね。

岡田さん:淡路島は、全部いいと思いますよ。気候もいいし、ごはんもおいしいし、食もゆたか。いちばんいいのは、「人」だと思います。みんな、あったかい。地元の人も、移住された方にウェルカムな人が多いなと思います。

— 神瀬さんも岡田さんも、お話を伺っているといい意味で飾り気がないというか、シンプルというか、まっすぐというか。そんな雰囲気が伝わってきます。

神瀬さん:僕は好きなことだけやってるし、楽しくないことはやらへんから。しあわせでありがたいなあと思いますよ。昔はやりたいことが特になかったけど、食とか農業っておもしろいなあって、今はこれが好きでやってると、自分の生き方に納得してる。みんなもそうあってほしいなって思いますね。

岡田さん:わたしは流れに身を任せて、今にたどり着いているというか。昔から料理人になりたいと思っていたわけでもないし、すごく覚悟を決めて独立したわけでもなくて。でも自然と、その流れができていったんでしょうね。タイミングがよかったり、誰かが求めてくれたり。まだ料理歴は浅いけど、岡田さんにお願いしてよかった、最高だった、と思っていただけるように、「空想燕」を大切に育てていきたいです。

気持ちのいい場所で働くことだけが、ワーケーションじゃない。オープンイノベーションが生まれる、第2のしごと場。

2020年は新型コロナウイルス感染症の影響により、多くの企業でリモートワークが導入されたり、時差出勤が制度化されたりと、人々の働き方や暮らし方が大きく変わった1年でした。シマトワークスではこうした状況もふまえて、企業向けのワーケーションプログラムを開発し、企業様での実装をめざして検討を重ねています。そのひとつが、日建ハウジングシステム様。今回は、ワーケーションの制度化を牽引する前田さんにお話を伺い、モニターツアーでの体験をふり返りながら、淡路島ワーケーションの魅力や導入までの歩みを語っていただきました。

(聞き手:西道 紗恵)

株式会社日建ハウジングシステム 前田 賢一

鳥取県出身、大阪府在住。2009年、株式会社日建ハウジングシステムに入社。設計監理部に所属し、集合住宅を中心とした建築設計を行う。淡路島に足を運ぶようになったのは、2018年頃から。淡路島で仕事とプライベートが混在した時間を過ごすなかで、ワーケーションの価値を実感し、社内制度化を実現。2020年9月に実施したモニターツアー「未来の働き方を考える4日間」にも参加。
日建ハウジングシステム
日建ハウジングシステムの新しい働き方へのチャレンジ
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オフィスで気がつくと遅い時間。
デスクで、PCや資料とにらめっこする生活でした。

— 前田さんは建築設計士として活動中とのことですが、ふだんはどんな働き方をされているんですか?建築業界って夜遅くまで働いて、ひたすら設計図を書いているイメージがあるのですが…

まさに、おっしゃるとおりですね(笑)。今年はコロナの影響で在宅ワークの割合が増えたんですが、ずっとデスクにいて、気づけば22時になってるみたいな。ごはんを食べることも忘れて、PCや資料とにらめっこし続けているときもあります。そんな働き方をしていると、仕事中は人と会話することも減るし、知らぬうちに全身に力が入って呼吸が浅くなり、身体がかたくなってしまう。忙しくなると、気持ちが滅入ってしまうこともありました。

— 働き方を見直したくても、目の前の仕事に手一杯みたいな。

そうなんです。自分でもこの働き方は良くないなあ、改善したいなあと思っていて。ある日、上長と面談をしたときに言われたのです。「場所を変えて働いてみたら?ワーケーションの企画書出してみてよ」って。それがきっかけで、ワーケーションに興味を持つようになりました。

ワーケーションってどんな感じ?
自分で試して、淡路島の魅力を肌で感じた。

— ワーケーションって、ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせた造語で、一般的にはリゾート地などで休暇を過ごしながら働くことを意味しますよね。前田さんがイメージされた働き方も、そんなイメージですか?

最初はそうでした。景色のいい場所でゆったりとくつろぎながら、たまに仕事するみたいな。でも正直、くつろぎながら仕事をするのは自宅でもできるし、近所のカフェに行けばいい。だから僕の理想としては、ただ景色のいい場所で仕事をするというよりは、仕事の質が高まる体験があったり、視野を広げてくれるような人との関係性が築けたりと、オープンイノベーションが加速するきっかけになればいいなと思ったんです。

— 働き方や、仕事の質もアップデートされる装置のような。

そうですね。私が勤めている日建ハウジングシステムは、新しいことにどんどん挑戦する社内文化があって、働き方も人それぞれ。最大限のパフォーマンスを発揮できるように、工夫している人が多いように思います。そんな社風にも背中を押されて、まずは自分がワーケーションを実践してみて、社内制度として推進する動きをとりはじめました。それが2018年頃だったかと思います。

— その実践の舞台が、淡路島だったということでしょうか?

はい。なんで淡路島だったかというと、職場の元先輩の富田さんが、淡路島でシマトワークスとして起業されていて。現地での活動や暮らしぶりを耳にして、いつかはじっくり話してみたいと思っていたんです。たまたま仕事で淡路島へ行く機会があり、「これはチャンスだ!」と思い立って、富田さんに連絡をとりました。仕事のスケジュールよりも前倒しで現地入りして、島の幸をふんだんに使った料理を食べさせてもらったり、島で活動されているおもしろい方々の話を聞かせてもらったり。挙句の果てには、翌日からタクシー移動を想定していたのですが、「それは無理だよ!」って、移動手段やルートをコーディネイトしてもらいました(笑)。

— その後、淡路島との行き来はありましたか?

プライベートで足を運ぶようになりましたね。富田さんに紹介いただいたイチゴ農家さんが営まれている畑で農作業を体験してみたり、飲み会に参加させてもらったり。

休日に淡路島を訪れて、畑仕事を体験。土や草にふれることが、ちょっとしたリフレッシュに。
カフェのオーナーや、農家、日本酒の杜氏など、多様な分野で活躍する個性ゆたかな淡路島メンバーが集まる飲み会に参加。

— 淡路島では、プライベートの遊びとして過ごす時間が多かったですか?それとも、仕事をする時間をつくったりされましたか?

プライベートな時間が大半でしたが、そのついでに仕事することもありましたね。遊びと仕事を切り分けるというよりは、ごちゃまぜになっている感じ。遊びのつもりで行っても、富田さんと仕事の話をしたり、淡路島での働き方を聞かせてもらったりと、会社の新しい働き方や仕事づくりに結びつけられないか、ワーケーションのトライアルとしてネタ探しに行っているような感覚でした。

飲み会に参加したことがきっかけで、畑の屋台小屋の設計を手伝うことに。
デスクではなく、土の上で設計図を書いてみたりも。

— そのなかで感じた淡路島の魅力って何ですか?

何よりも、食べものがおいしいんですよ!海の幸も、山の幸も、淡路島は自然の恵みがゆたか。おいしいごはんを食べるって、それだけでも楽しみのひとつになりますよね。あと、僕は鳥取県出身なので、自然環境が気持ちよくてのんびりとした時間が流れているのも、居心地よく感じる魅力だと思います。大阪から車で1時間ちょっとで行けるし、距離感がちょうどいいんです。

がっつり仕事も、ゆったりリフレッシュも、人との交流も。
次へのステップになる、島じかん。

— 2020年9月に淡路島で開催されたワーケーションのモニターツアー「未来の働き方を考える4日間」にも参加されたのですよね。

ワーケーションを会社に導入するための検討材料として、予算を確保して参加しました。上長もワーケーション導入には乗り気だったので、参加を後押ししてくれましたね。

— 4日間、どんなプログラムがあったのか教えていただけますか?

各自の仕事に取り組むワークタイムと、自分の健康について考えたり、自分を見つめ直したりするリトリートの時間がありました。ワークタイムが確保されていたので、オンラインミーティングをしたり、作図したりと、ふだんと変わらず仕事に励むことができました。

リトリートの時間では、瞑想したりストレッチをしたり、自分としずかに向き合うことが多かったです。特に印象にのこっているのは、海辺での瞑想。波の音に耳をすませながら、少しひんやりとした空気を吸い込んで、ゆっくりと吐いて、身体を心地よくのばして。自分の身体のすみずみに意識をめぐらせて、状態を知るんです。この体験がいちばん気持ちよかったですね。ほっと落ち着いて、いい方向に心と身体が動くのを感じました。この体験があってからは、仕事の打ち合わせ前や移動中には、プチ瞑想を取り入れるようになりました。資料作成でバタバタとしても、打ち合わせ前には目を閉じて深呼吸する。すると、落ち着いてプレゼンにのぞむことができるのです。

— ツアーでの経験が、早速仕事にも活きているのですね。

はい、瞑想は意識的に取り入れています。上手くいかないことがあっても、いい意味で開き直れるというか。いつも新鮮な気持ちで、仕事にのぞめています。

朝6時30分から、海辺で瞑想とストレッチ。自然が身近にあるのも、淡路島の魅力のひとつ。
シェアサイクルをレンタルして、山の上までひとっ走り。
山の緑も、海の青も美しい淡路島。心地よい海風を浴びながら、リフレッシュ。

モニターツアーには僕以外にも参加者が多数いて、皆さんとの交流も楽しかったです。世界一周をしてゲストハウスを営んでいる人、シェアハウスを転々としながら多拠点生活を実践している人。オフィスで作図しているだけでは出会うことのない方と対話して、自分にはなかった視点を得ることができました。そこで出会った方とは今もつながっていて、取り組みを知っては刺激をもらったりしています。今まで持っていなかったチャンネルの新しい情報がどんどん入ってきていて、仕事面でも次のステップへ踏み出すきっかけになっていると感じています。

人、もの、情報とオープンにつながり、
今はまだない働き方やビジネスを、淡路島からつくっていく。

— モニターツアーを経て、ワーケーション導入に向けて社内でどのような動きをとられていますか?

モニターツアーに参加してみて、やっぱりワーケーションは有意義だと身をもって実感したんです。シマトワークスの提供するワーケーションは、自分のメンタルの状態を数値化して見つめ直すこともできるし、社員の健康増進にもつながる。ワーケーションを導入したい気持ちが、より一層強まりました。社内で検討を重ねた結果、2021年からワーケーションが制度化し、トライアルが開始されます。さらに今は、上長との議論のなかで、淡路島に拠点をつくれないかという方向性になっていまして。淡路島との接点にもなってくださった富田さんにも相談して一緒に企画書を練りながら、上長に提案しています。都市部から離れて、自分の働き方を見つめ直したり、他分野で活動する人との出会いから新しい発想が生まれたり。そんな風土が会社に根づけばと思っています。ゆくゆくは多様な企業と連携して、ワーケーションからオープンイノベーションに発展する仕組みをつくっていきたいですね。

— 前田さんご自身がワーケーションを実践されてみて、何か変化はありましたか?

以前にも増して、心身ともにいきいきしてると感じます。ワーケーションを導入する前は、仕事の忙しさに滅入ってしまったこともあったんですけど。淡路島の雄大な自然にふれて、新鮮な気持ちで仕事に取り組み、おいしいごはんを食べながら多様な人たちと語り合い、視野が広がって。島で出会う方一人ひとりがおもしろくて、暮らしぶりも僕にとっては斬新だったんです。自分の心を前向きに後押ししてくれる出会いが連鎖的に起こるのは、淡路島の魅力でもあり、シマトワークスさんが持つつながりのおかげでもあると思います。

— 淡路島ワーケーションをおすすめするとしたら、どんな人に紹介したいですか?

会社に所属していて、組織の方針や仕事のスタイルに悩んでいる人っていると思うんです。会社の体制を変えるのは容易なことではないけれど、ワーケーションはそのきっかけのひとつになると思います。仕事について悩んでいる人や将来を不安に思っている人は、一度ワーケーションを実践してみるといいのではないでしょうか。

— 最後に、前田さんがこれからめざす働き方や暮らし方を教えていただけますか?

今は大阪が本拠地ですが、今後は2番目、3番目というふうに拠点を増やしていければと考えています。そのひとつが、淡路島。多様な人やモノ、情報にふれられる場所を築いて、組織に所属しながらもオープンなつながりを広げていきたいです。今は、淡路島の人たちが運転する車の後部座席に乗って案内してもらっている感じなのですが、ゆくゆくは自分が運転席に座っていろんな人や情報を有機的に結びあわせて、新しい価値観やムーブメントを生み出していきたいです。

自分たちの暮らしを、自分らしく、つくりこんでいく。

“ワーケーション”という言葉が認知される前から、暮らしやはたらき方のなかに、その生き方を取り入れてきたフロンティアの人たち。彼らが見てきた”これまで”と”現在地”を伺いながら、これからの私たちのライフスタイルを考えてみます。今回お話を伺うのは、都市や地方でバンライフを取り入れながら、新しい暮らしを常に実装してきた渡鳥ジョニーさんです。

(聞き手:No.24 藤田祥子)

渡鳥ジョニー

2004年慶應義塾大学環境情報学部卒業。在学中に始めたウェブ制作のスキルを活かし、外資系広告代理店で、Webエンジニアリングとデザインを担当。2007年よりフリーランスに。Googleのキャンペーンボーイとして全国各地をまわる。2011年に熊本へ移住し、「古民家リノベ」「高品質低空飛行生活」など震災後の暮らし方を模索。2014年に「札幌国際芸術祭」への出展を機に札幌へ転居。2018年東京に戻り、ベンツをマイホームに「都市型バンライフ」を開始。現在は、妻のはる奈さんとバンライフを満喫しながら、定額制コリビングサービス「LivingAnywhere Commons」八ヶ岳拠点にて、プロデューサー兼コミュニティーマネージャーを務める。
https://vldk.life
https://van-a-table.life
https://twitter.com/jon_megane

-ジョニーさんが実践されている「Vanlife(バンライフ)」についてお伺いできますか?

欧米を中心に、家をもたずに一握りのものを携えて、バンで暮らす若者が増えています。「車上生活」と単純に翻訳してしまうのはもったいないほど、彼らは自由なその生活を楽しんでいます。自分たちのライフスタイルを自分でつくり込んでいくことが、バンライフの大きな特徴で、20世紀型の資本主義を脱却しようというムーブメントの影響を大きく受けています。

僕自身は2018年にきっかけがあって、北海道から東京へ戻ってきました。そこではじめたのが「都市型バンライフ」でした。戻ってきた東京は相変わらず高い家賃で、そのために満員電車に揺られて仕事に行く。地方で自由にのびのびと暮らしていた自分にとっては窮屈でしかなかったんですよね。僕はいろんなことに縛られるのが嫌いなので、東京でも、もっと自由に、もっと豊かに暮らすには?と、考えたどり着いた方法が「都市型バンライフ」でした。

車内にはベッドはもちろん、キッチンも備えてある

幸いにも戻ってきた東京には、シェアサービスが充実していました。Wi-Fiもあちこちにあるし、シェアリングエコノミーの実験場である永田町GRiDには、キッチン設備もあったり、洗濯宅配サービスがあったり。フィットネスジムに行けばジャグジーにもはいれます。寝る部屋と本当に必要だと思うものを車にのせて、あとは全部シェア。永田町でホームレス、ベンツに乗って駐車場で寝泊まりするという暮らしをはじめました。

―いま停泊している八ヶ岳では、「LivingAnywhere Commons 八ヶ岳」の運営を手掛けているそうですね。その活動についても伺えますか?

あらゆる制約に縛られることなく、好きな場所で、やりたいことをして暮らす生き方を実践するための”コミュニティ”が、LivingAnywhere Commonsです。現在は、南は沖縄から、北は岩手県の遠野など日本全国11カ所に展開しています。そのなかで、僕が担当しているのが八ヶ岳です。

ジョニーさんが運営を担当する、LivingAnywhere Commons八ヶ岳北杜

東京から2時間でアクセスできる場所で、保養所とボーリング場の跡地を活用した3000㎡という広大な敷地。正直ここに来たときは「中途半端だな」と感じました。建物をつくり込むには広すぎる、さらにお金もかかるし、どうしようかと。これは知恵が必要だなということで考え抜いて出た答えが「お外からはじめよう」でした。

八ヶ岳の拠点は、単にキャンプやワーケーションができる場所をつくりたいわけでもありません。『休暇に自然の中でキャンプを楽しんだり、温泉に入ったりして、その傍らで籠もって仕事する』となると、休日に働いているのと変わりません。新しいライフスタイルが生まれるような、イノベーティブな場にしたいと考えました。

屋外でものびのびと仕事ができるように、電源・Wi-Fiに困らない仕組みも実装済み

-Be Outsiders(アウトサイダーズ)という言葉も、気になります。

この言葉にはいくつかの意味を込めています。僕が指す「お外」というのはお家の外だけではなくて、都市の外、想像の外、常識の外などです。Outsidersというのは、辞書で調べるとネガティブな言葉なんですよね。でも常識とされていたものが非常識になる、これまでは世の中ではアウトだったものがセーフになっていく。これまで積み上げてきたものをバラして、一度ゼロベースでつくりなおしてみる。そういう意味で、もう一回お外からはじめてみようというメッセージを打ち出しました。

といってもまだはじめたばかりで、ここにはまだ何もありません。2022年に100%オフグリッドの目標を掲げ、自分たちの手でつくっていっているところです。

妻のはる奈さんとともに、バンライフを一生続けていくのがジョニーさんの夢

―これから、ここをどんな場所に育てていかれるのですか?

僕たちが実践しているバンライフは、実はオフグリッドの問題を抱えています。いま目指しているのは、衣食住や水光熱、トイレやお風呂に至るまで、通常のインフラの制限から解き放たれ、自分たちで暮らしをつくれるようにしたいと思っています。そこでこの八ヶ岳も、2022年のオフグリッド化を目指して動いているところです。

先進的な設備を備え、ものづくりができるFABも整備中

僕たちのように「自分たちの暮らしを自分たちでつくりたい人たち」に、まずはここに集まってきてもらえたら嬉しいなと思っています。バンライフを始めている人たちは消費文化に疑問を持っている人が多くいます。自分たちの欲しいものを自分なりにつくるという人たち、そういう人たちをぼくはメイカーズと呼んでいます。

メイカーズ、シフターズ、ローカルズの3つのターゲットを想定している。

僕がそうだったように、自分の理想とするライフスタイルを実現するための実験場としてここを使っていってもらえたら嬉しいですね。

「こんなことやりたいな」というアイデアを形にできる、そしてそこに集まる人たちでアイデアを磨いていく。そんな場になれば、もっともっと新しいライフスタイルが広がっていくんじゃないかなって思います。

―ここに来れば、なにか自分にも化学反応が起こるかもしれない!とわくわくしますね。

そうですね、僕もそういう場所にしていきたいと思っています。ただのワーケーションの場でもないし、ただのキャンプ場でもない。オンとオフを細かく繰り返しながら、自分の暮らしやはたらき方をチューニングしていく。なにかものをつくったり、仕事をしたり、焚き火をしたり。暮らしとはたらくことの境界線がゆるやかで曖昧になっていく。

なにか学びがあるというより、アンラーニングに近いかもしれません。ふらっとここに来ることで「あ、こんな暮らしできるんだ」って発見してもらえたらいいなって。そんな中でさまざまな人たちに新しくておもしろいことが生まれていく、そういうきっかけをみなさんに掴んでもらえるよう場所を作っていきたいと思います。

LivingAnywhere Commons
全国11拠点(※)に展開している多拠点コリビングサービス。場所やライフライン、仕事など、あらゆる制約にしばられることなく、好きな場所でやりたいことをしながら暮らす生き方(LivingAnywhere)の実践を提唱している。同サービスのメンバーになることで、日本各地に設置したLivingAnywhere Commonsの拠点の共有者となり、仲間たちと共生しながら、自宅やオフィスにしばられないオフグリッド生活を体感、理想のLivingAnywhereを実現するための技術やアイデアの共創、刺激に満ちた環境に身を置くことができる。
https://livinganywherecommons.com/
※2020年11月現在

Photo: ©Van à Table

自分で何を“選択”したか、それに自覚的であれるか。

企業と生産者をつなぐツアーや、企業研修、淡路島の豊かな資源を生かした場作りを行うシマトワークス。彼らがはじめようとしている淡路島でのワーケーションプログラムをひもとく手がかりとして、シマトワークスの3人のはたらき方や暮らし方、生き方への向き合い方を伺いました。

(聞き手:No.24藤田祥子)

オンとオフを分けたほうがいい人、
そうでない人、両方あっていい。

-玉井さんは、シマトワークスのメンバーになるまではどんなお仕事を経験されてきたのですか?

ぼくがシマトワークスの一員になったのは2019年のことです。はじめに勤めた会社は印刷会社で、WEBのコーディングやデザインを担当していました。その会社から出向して、別会社に駐在していたこともあります。その後、2013年に地元である淡路島に戻ってきました。実家の祖父母や両親たちの近くで暮らしたいと前々から考えていてUターンしました。淡路島では市役所で、主に情報管理やシステム、ネットワークの管理に携わる部署で働いていました。

洲本市役所で最初に配属された情報課で

-玉井さんはどんなお仕事を手がけられているのでしょうか。また、シマトワークスには共有のオフィスがないそうですね、どこを拠点にはたらかれているのでしょうか?

シマトワークスでは、観光PRのWEBページや、地元企業のコーポレートサイトやオンラインショップの企画やデザイン、コーディングを手がけています。

富田と徳重は自宅に、僕の場合は暮らしているところからすぐのところに実家があるので、今はそこで仕事をするようにしています。

シマトワークスにはいってすぐの頃、自分の家で仕事ができるって最高だって思いました。パジャマのままでできたりするし、疲れたらすぐ休めるし……笑。それは、最近リモートワークをはじめたみなさんも同じ心境だったのではないのでしょうか。

とはいえ、自宅がそんなに広いわけではないので「仕事するぞ!」ってモードで気持ちを切り替えられる場所がありませんでした。あと、デザインやコーディングなど手を動かす仕事のときは、他のことを何も気にしなくていい環境がよくて。暮らしの中に仕事を持ち込んだりもしたけど、どうしても家のことが気になって集中できなかったんです。

今のベストポジションはかつての自分の部屋。冬はこたつのある部屋へ移動したり、気分によって実家のあちこちを移動するそうだ

そこで気持ちを切り替える意味でも、実家に出勤して集中して仕事をする環境を整えるようにしました。これは僕の場合は必要だったことなんですが、そういった切り替えが必要ない人もいると思います。実際、富田はスイッチなくいつでもニュートラルに仕事や暮らしのことができるらしいです。そうなれたらいいなとも思いますが、僕は僕のペースで。今のはたらき方も気に入っています。

自分にあった方法を、
探しながら、確かめていく。

-何時から何時までと定時がある仕事から、自由にはたらける環境になったとき戸惑いはありませんでしたか?

僕は飽きっぽい性格なので、できたらずっと同じことは繰り返したくないんです。だから、家ではたらくということが決まった時は、考えないといけないことはあったけど、それで困ったなと思うことはありませんでした。

もともと、会社員だったときも本社から違う会社に出向になったり、市役所で勤めていたときも情報を取り扱う部署から、まったく違う部署に異動になったり。わりと変化が多い方だったので「今回はどうやったら、パフォーマンスよくはたらけるかな~」と考えることが好きで笑。

とはいえ今の仕事のスタイルは、始業時間も終業時間も自分次第なのでリズムをつくるのには工夫が必要だなと実感しているところです。

-休む時間や、休日のタイミングをはかるのも難しそうですね。

そうですね、今は休みのとり方が少しむずかしいなと感じてます。コーディングやデザインに集中すると、メールや電話に反応できないこともしばしば。気がつくと休もうと思っていた日に手が動いていたりすることもあります。

そこを明確に色分けしたほうがよいのか、それともグラデーションがあってよいのか、それはその人それぞれで違ってくるのかなと、今はたらきながら確かめているところです。

祖父から受け継いだ田んぼ。現在は父と二人でお米をつくっている

-自由な時間の中ではたらくようになって、暮らしに影響はありましたか?

ちょっとしたことで言うと、晩ごはんのタイミングとか。定時があると何時に帰るから、この時間に。って晩ごはんも決まった時間に食べていました。でも、いまだと「まだ今日はそんなにお腹すいてないね」って言って少し遅くしたり。

これはちょっとしたことのようで、大きな違いで。自分たちが心地いいなって思うタイミングで、フレキシブルにいろんなことを決められるようになるんですよね。時間が決まっていてよいこともあるけど「これって本当は”今”必要じゃないかも?」そういうことを考えたり感じられたりする感度があるとないとでは、日々のストレスの感じ方もまったく違うんじゃないかなと思います。

はたらき方・暮らし方を、
自分らしく思い切り楽しもう!

-はたらき方や暮らし方の方法、これまでも日々更新されてきたのですか?

仕事も暮らしも、いろんな方法を試します。何度も言うけど、飽きっぽいので笑。少しずつ自分になじむ方法が見つかるだろうと思って、社会人になって10年以上ですけどずっといろんなことを試しています。

過去の田植えの記録を見返す

たとえばこの2年位は仕事で検索したことや困ったこと、解決した方法、暮らしだったら実家の田植えの記録など、ログを残すツールを使ってます。自分がやったことを検索できるツールなんですが、日記のように残していて。なんでもないお昼ごはんの写真とかも。「それ見返すの?」と言われたりするんですけど笑。それを積み重ねてるおかげで、解決することも結構多いんです。こうしたツールもそうですが、いろんなことを試しながら自分に合う方法を見つけるのが好きなんでしょうね。

今回のワーケーションプログラムのコンセプトに「与えられた”はたらき方”に人生を添わせるのではなく、共にはたらく仲間と一緒に考え、一人ひとりが、”はたらき方””生き方”にオーナーシップを持つ」。という言葉があります。

はたらき方とか生き方を「新しく生み出す」ことがオーナーシップを持つことだと思う人もいるかもしれません。ですが僕は、自分らしいリズムを見つけ出したり、これまでの方法を再構築してみることが、オーナーシップだと思うんです。

どんな風にはたらく環境を整えようか、どんな暮らしを家族としたいか、どんな時間を人生に持ちたいか。だから自分はこういうはたらき方を選ぼう!

そうした自分で選び取った選択に、いかに自覚的であれるか。リモートワークやワーケーションを取り入れるにしても、そうした自覚があるかないかで、はたらき方は大きく変わるなと思います。

シマトワークスの10年後の未来を話し合った「10Y CAMP」。仕事だけではなく、自分が想い描くはたらき方や暮らし方も共有した。

まだまだ自分もはじめたばかりで、リモートワークにこれだという正解はないのが正直なところです。ですが、大きく暮らしやはたらき方が変わろうとしている今だからこそ、これまで当たり前と思っていたことに向き合って、改めて選びなおしていけばいいんじゃないかなと思います。

ぼくはそうしたはたらき方や生き方を試していることが、悩みながらもとても楽しい時間だなと感じています。まずは楽しむところから、ワーケーションプログラムを通じて、みなさんにも一歩進んでもらえたらうれしいです。

島と都会を行き来する、デュアルな暮らしがあってもいい。

企業と生産者をつなぐツアーや、企業研修、淡路島の豊かな資源を生かした場作りを行うシマトワークス。彼らがはじめようとしている淡路島でのワーケーションプログラムをひもとく手がかりとして、シマトワークスの3人のはたらき方や暮らし方、生き方への向き合い方を伺います。

昨年からシマトワークスのメンバーに加わった徳重さん。淡路島を暮らす場所、はたらく場所として選ぶに至るまで、徳重さんと深く関わってきたおふたりのゲストと共にお話を伺いました。

(聞き手:No.24藤田祥子)

年齢を超えてできた、
新しい友達

-徳重さんは7年もの間、淡路島と神戸を行き来する暮らしをしていたと聞きました。どんなきっかけで淡路島に通うようになったのでしょうか?

徳重:2009年頃、後にシマトワークスを立ち上げる富田くんが中心となって開催していた、洲本紡績工場の跡地でキャンドルナイトが開催されたんです。先輩に誘われて参加したのですが、準備から打ち上げまで全力で楽しむ人たちが集まっていて、とても驚きました。大人が全力で遊ぶとこんなことになるのかぁって!!笑。そのあと、富田くんから誘われて、淡路はたらくカタチ研究島の研究会に参加しました。そこで出会ったのが、富田くんとはたらくカタチ研究島を運営していたやまぐちさん。

やまぐち:はたらくカタチ研究島を通して、淡路島に頻繁にきてくれるようになったしげちゃんの存在はとっても気になっていました。当時しげちゃんはアパレルのお仕事をしていて、手芸にも興味があると耳にしたんです。そこで、わたしの母親の止まらぬ創作意欲を受け止めてくれないかなともちかけたんです笑。

ばぁばんと新しい縫い物の相談をする徳重さん

徳重:ばぁばん(やまぐちさんのお母さんの西岡栄子さん)との出会いは、ピクニックイベント用の大きなレジャーシートをつくるお話でしたよね。仕事柄、可愛い布やパーツにふれるのは好きだったけど、自らつくることってほとんどなくて。そんな時に、手をうごかしたくてしょうがないばぁばんを紹介されたんです。

ばぁばん:孫たちも大学に進学して、家から出ていってしまって。ちょうどその時にミシンを買ってもらって。なにか作りたくて、作りたくて笑。

徳重:神戸で仕事を終えたら金曜日バスに乗って淡路島に行って、ばぁばんたちと合宿したりしながら、ピクニックイベントのレジャーシートを仕上げました。不思議な島だなぁと感じたのは、誰もが世代を超えて同じ立場で友人になれること。ばぁばん以外にも手を動かすことが好きという共通点で、さまざまな年代の友人が増えていきました。しらずしらず輪が広がって、手芸チーム”淡路島女子部”が誕生しました。

淡路島女子部のみんなでちくちくと縫物。近所のお友達たちも一緒に。

島に行けば気持ちが変わる、
新しい発想も生まれる

-いろんな場所があるなかで、そうした関係性が生まれたのは淡路島だけだったのですか?

徳重:都会暮らしのいろんなしがらみを置いて、金曜日の仕事終わりにバスに飛び乗って、橋を渡って淡路島にいく。それが私にとって大切な時間になっていったんですよね。同じぐらい時間と距離がある場所に行ってもそうは感じられませんでした。不思議と、バスに乗って橋を渡っていく間に気分が変わっていくんです。いつもなら仕事に追われて考えられないことも、淡路島っていう場所に行けばアイデアを膨らませて楽しむことができる。そうした時間が私の暮らしになくてはならないものになっていきました。

バスの車窓からは大きく広がる海や、海に沈む夕日や月が見える。

やまぐち:「週末おしげ」って呼ばれるくらい、淡路島にずっと通ってたよね。

徳重:特に縫製が好きなばぁばんとの出会いは私にとって革命的でした。仕事でお洋服をつくるとなると、何百枚という単位で工場にお願いしなければなりません。ですが、ばぁばんとなら少ない数でもつくりたいものがつくることができたんです。次第に仕事としてばぁばんとものづくりをする時間もどんどん増えていきました。

ばぁばん:しげちゃんがおうちに来てくれるのは、私もとっても嬉しかった。

徳重:女子部の活動が中心にあったけど、何度も何度もおうちに泊まらせてもらって、ごはんを食べさせてもらって……。暮らしの時間を共にすることも増えていきました。自然がいっぱいあるとか、神戸から少し離れた場所って他にもあるけど、ばぁばんや島の人たちはオープンな距離感で私を受け入れてくれました。こうした環境は他になかったんです。

やまぐち:私の仕事柄、全国各地のゲストをうちにお招きすることも多かったんですよね。だからばぁばんも、普段からいろんな人が家にいることにはなれていたよね。

ばぁばん:来る人によって話も違うから、人が来てくれることはとても楽しくて。しげちゃんが来てくれるのも、子どもや孫たちが帰ってくる感覚でした。さらにしげちゃんとは手芸という共通点がありました。縫い物のことで、わたしのことを頼りにしてくれたのも嬉しかったし、しげちゃんとは気があったなぁって思います。

淡路島女子部のアイテム。淡路島のマーケットでも人気を集めている。

徳重:こんな風に言ってくれる人がいて、どうせ何かつくるならお披露目の場というか、誰かに買ってもらえたらいいなって思うようになりました。そんなことを考えていた時に、淡路島で開催されていた「レトロこみちの町歩きイベント」が目に止まって。みんなでつくった雑貨の販売で出店してみたところ、思った以上の反響に驚きました!それからはイベント出店で売り上げた金額を材料代にあてたり。楽しみが広がっていくとともに、活動の幅も広がっていきました。

島の人と人との関係性のなかで、
安らぐことができた。

-淡路島での経験は、普段の暮らしに影響していましたか?

お正月飾りをばぁばんの手ほどきで教えてもらう。

徳重:ばぁばんに教えてもらったことを、都会の友達にシェアしたりしていました。例えばお正月飾り。稲穂や松などを組み合わせてお飾りをつくるのですが、都会だとわざわざつくる機会ってない。でもばぁばんは当たり前のように暮らしの中でつくっていたんです。ばぁばんに教えてもらった楽しみを、神戸の友人たちにも提供できたらいいなって考えるようになって。島に来てもらったり、逆に島で経験したことを神戸に持っていったりするようになりました。

刺繍アーティストの二宮佐和子さんのわくわくする作品。

ばぁばん:しげちゃんが当時働いていたアパレルのお仕事を女子部で請け負ったりすると、見たことのないおもしろい素材やデザインにふれる機会があって。そのたびにとても新鮮な気持ちになれました。しげちゃんには楽しいことにたくさん出会わせてもらったなぁ……。自分だけだと好きなものを好きなだけつくっていただけ。でも、しげちゃんにこうして作って欲しいって頼ってもらえるようになって、新しい出会いはもちろん、自分の存在が役に立つことがとても嬉しかったです。

徳重:7年もすると、島に行くと誰かが声をかけてくれたり、馴染みのお店ができたり、相手をしてくれる人が増えたり。第二のふるさとのというか、島に心から安らぐ場所ができていきました。

やまぐち:神戸と淡路島を行ったり来たり、7年だもんね。

徳重:数字にすると長く感じますね~!笑。7年経ってようやくというか、自分自身の「はたらき方」を変えるタイミングがやってきた、それが昨年のことです。シマトワークスに加わって、新しい仕事をはじめることにしました。どこに住んでもいいよということだったのですが、自分にとっても一番いいな!と思えたのが、ずっと行き来してきた淡路島でした。7年間のデュアルな生活がなかったら、今の暮らしはなかったなと思います。

左からばぁばん、徳重さん、やまぐちさん。

-これからシマトワークスが提案しようとしているワーケーションのプログラムでも、徳重さんの経験が活かされそうですね。

徳重:二拠点の生活の楽しさや可能性を誰より知っている自信があります。ふたつの場所をもつことで、私はいろんな物事をやわらかく広く考えられるようになりました。これがだめならこうした方法もあるかも?って。また、普段の暮らしから離れたゆったりとした時間の中では「自分にとって何が大切か」ということもとてもクリアに考えられるようになります。もとの生活に戻ったとしても、それが見えていれば自分の思い描く生き方を、自分で決めていけると思うのです。はたらき方、暮らし方、生き方。ワーケーションのプログラムを通して、わくわくできる生き方をみなさんと一緒に探すことができたら私も嬉しいです!


やまぐちくにこさん

淡路島を耕す女。 凝り固まった価値観を耕し、自然から溢れる創造と想像の喜びを育てることを使命とする。 洲本市「洲本市民工房」市民ギャラリー企画運営/ NPO法人淡路島アートセンター設立 / 淡路はたらくカタチ研究島設立 。

ばあばん

淡路島女子部のメンバー。淡路島のみんなのお母さん的存在。ロックミシンを操り、どんな困難なオーダーもカタチにしていく。ばぁばんのつくる何気ないおうちごはんに胃袋を掴まれた人も多い。

暮らし方やはたらき方に“インターバル”を取る

企業と生産者をつなぐツアーや、企業研修、淡路島の豊かな資源を生かした場作りを行うシマトワークス。彼らがはじめようとしている淡路島でのワーケーションプログラムをひもとく手がかりとして、シマトワークス3人のはたらき方や暮らし方、生き方への向き合い方を伺いました。

(聞き手:No.24藤田祥子)

僕らがやってきたこと、
もしかして役立つんじゃない?

– 改めて、今回の活動に至るまでの活動について聞かせてください。

ぼくらシマトワークスは、瀬戸内に浮かぶ淡路島という島に拠点を置きながら3人で活動しています。僕が島にわたってきたのは、2011年のこと。もうすぐ10年になります。

2012年から2016年まで実施されていた、地域の雇用創出を目的とした厚生労働省の委託事業「淡路はたらくカタチ研究島」の立ち上げをきっかけに島へやってきました。経営者やデザイナー、編集者やファシリテーターなど、さまざまな講師を淡路島に招いて、年に300人を超える参加者たちと「はたらき方」や「生き方」を考えました。

2014年に「わくわくする明日をこの島から」をモットーに掲げる、シマトワークスとして独立。島をフィールドに置きながら、地域や分野、個人・団体・企業を超えて企画提案を行ってきました。昨年には、友人だったふたりが仲間になって、事業や活動範囲もさらに広がりはじめています。

シマトワークスの設立式を行った淡路島のいちご園にて

– そんなシマトワークスの新たな活動としてはじまろうとしているのが、ワーケーションプログラムなんですね。

実は昨年から提案したいと準備をはじめていたプログラムだったんです。ですが、この2020年に広がった新型コロナウィルス感性症の拡大によって、誰しもが大きな影響を受けましたよね。

会社に行って働いて家に帰ってくる。仕事の後に友達とあって呑みに行く。休日は家族や気のおけない仲間たちと遊びに出かける。

そんな当たり前のことができなくなって、これまでの働き方や暮らし方を一新しなければならなくなりました。

シマトワークスでは、これまでもリモートワークや二拠点生活に近い暮らし方をおくってきたメンバーが集っています。僕自身も年に1ヶ月間を海外で過ごす、12分の1海外暮らしを3年ほど続けてきました。

世の中がざわつきはじめて、多くのひとたちが急速な変化を余儀なくされる中で、今こそワーケーションプログラムが、みんなにとって役立つんじゃないかと思いはじめたんです。

ベトナムでの12分の1海外暮らしの様子

たとえばリモートワーク。多くの人が家で働いてみて良いことも沢山あったと思うけど、大変だったことも沢山でてきたと思うんです。仕事とプライベートのオンオフがぐちゃぐちゃになってしまったとか。

会社にはデスクがあって、始業時間があって、休日があって、集中して仕事するための場所があったわけです。いざリモートワークってなったら、会社が提供してくれていたオフィス空間の心地よさみたいなのを、自分でつくらないといけないわけですから大変ですよね。

今もなお新しいことだらけ、もとに戻ったようでそうではなくて。この3ヶ月ほど余儀なくされた暮らしの形は、またどんどん変わっていく可能性が高い。そうなったとき、暮らしやはたらき方、生き方をどうするか。会社側も、社員さん自身も、ちょっと落ち着いて考えてみる必要があると思うんです。

12分の1 海外暮らしから見えた
「インターバル」とは?

– さきほどの話にもあった、12分の1海外暮らしというのは普通の旅行とはまたちがうのですか?

「暮らしの実験」と題して、一年の一ヶ月をベトナムで奥さんと過ごし始めました。当初は、はたらき方も含めて、暮らしにもう少し刺激があってもいいなというくらいの気持ちでスタートしたんです。

3年やってみて、今では自分たちにとって大切な期間になっていて……。あの1ヶ月がないとちょっともうやっていけないなって言うくらい笑。

単純に楽しいだけじゃなくて、何かをいつも感じて帰ってきていました。それって何だろうって3回やってみて、繰り返し考えて。今年やっと「インターバル」という言葉が浮かびました。自分たちがベトナムでやってたのって、旅でも休暇とも違う。暮らしとかはたらき方のなかにインターバルをとってる感じだなって思ったんですよね。

海を眺めながら働く(ベトナム ニャチャンにて)

– インターバルというのは、スポーツでよく聞く言葉ですね。

はい。いつもの日本での暮らしやはたらき方は、100%以上の力を使いながら動いている期間です。ベトナムへも日本の仕事を持っていって、ビデオ会議とかしながら、日本でいるのと変わらないくらい働いています。

ただ、一ヶ月日本を離れると、関係性が大きく変わるんですよね。友人や同僚、家族や自分との関係性が。物理的距離があるので、圧倒的に出会う人が減るんです。

他者との関係性が減ったことで、逆に増えるのが自分や家族との時間です。そこに集中できる。1ヶ月のあいだ、思いっきりそこに時間を注いでみると、自分にとってベストといえる心や頭の状況が整っていたんですよね。

ベトナムでは仕事など停止はしないけど、早い鼓動を保ったままちょっとゆるやかに動き続ける。インターバルをとっているというイメージです。

会社で働いていたら、平日があって休日があって。休みの日にリセットして整えていたのかもしれない。けど、リモートワークみたいに、休みもはたらく日も境い目がぼやけてくると、いつ休んだのかわからなくて気がつくと息切れ……みたいな笑。

「自分をベストに整える時間」という意味でインターバルをはさむ、すると次の100%の動きに繋がるなぁって実感しました。

自分らしい暮らし方・はたらき方を
10年間ずっと、考えてきた

– 自分自身の体験を通して感じたことを、これからワーケーションプログラムで形にしていこうとされているんですね。

そうですね、僕たちが身をもって感じたこの状況を、淡路島で仕組として提供すればいいんじゃないかって昨年くらいから考えるようになりました。淡路島ならこれまで僕たちが見つけてきた、心地よくて気持ちいい時間や空間、人たちをつないでいけるからです。

島の中には色々な仕事と働き方が存在している

会社のチームやメンバーと一緒に淡路島へやってきて、「どうやったら、心地よくはたらけるかな?」っていうのをちょっと実践してみる。こういうサイクルで働けばできそう!とか、そういうのを自分のなかでつかみながら、自宅に戻ってリモートワークしてみる。ひとりでずっと働いているとどうしても暮らしのリズムが乱れるもんだから、定期的に島でインターバルを設けて、はたらき方をメンテナンスする。そうやって自分のはたらき方を定着させていくと言うか。そういうプログラムを提案できたらいいなと考えています。

– そうした島の中のネットワークがあるのも、訪れる人にとっては魅力的ですね。

農家、畜産家、漁師、料理人など色々な仲間が島に集う

都会でもいろんな人たちがいるし、いろんな場所がある、そこに住む人もはたらく人も多種多様。でもそれを、ぼくが本当の意味で理解したのは淡路島に来てからです。

島でいろんな人たちに出会って、自分とはまったく違うはたらき方を目の当たりにしたんです。自然と自分のはたらき方を見直すようになって。僕自身、自分のはたらき方ってなんだろうって何度も考えてきました。そこから独立してシマトワークスになっても、仕事や生き方、どんなのがいいんだろうって。

日々更新しながら、この10年はたらき方のことをずっと考えてきたんだと思います。

たぶんこれから、同じ業種だったとしても、リモートワークが増えればはたらき方の裾野は広がっていくと思います。いろんなはたらき方があるってインプットしていれば、めっちゃ楽しいはたらき方とか、自分にフィットしたはたらき方をつくり出せるかもしれないですよね。

僕だけじゃなくて、シマトワークスのメンバーも持ってる、今の段階での考え方とか方法論をプログラムで提供していきたいと思っています。はたらき方って自分でつくるもので、心地いいと思うのは自分だから。こうやればいいよっていう仕組みをいくつかプログラム化させて、色んな人と島での時間をシェアできれば嬉しいです。

あとはワーケーションを考えている人たちが淡路島にたくさん集まって、そこでのコミュニティができたり、集まって何かを考えたりすると新しいものがさらに生まれそうな予感がある。

そんな妄想をめぐらせて、僕はわくわくしています。